自然派フルーティスト 

ウィル・オッフェルマンズ、平戸での一日

                                                 町田 雅之
 Wil & Junko Nov.1997
wof1  一般に楽器は発音する部分とその振動を共鳴させる部分とで成り立つ。殆どの楽器が、まず物体を振動させてそれを空気に伝えるのに対して、笛の類は空気そのものを振動させる。この場合の振動は、空気の粗密状態の周期的な繰り返しのことである。空気のような流体は、ものにあたるとその流れ方が複雑に変化する。その流れは特定の条件下で固有の周期を持つ粗密の繰り返しとなり、音となる。
 この地球上に大気ができて風が起こり、それがさまざまな凹凸をなでることによって生じる音を、私たちの遺伝子は聞き続けてきている。笛の音というのは、それほどに生命の発生や存在と近い関係にあると思えるのだ。
 たとえば竹籟という言葉がある。もともと竹林を通り抜ける風の音の意味だが、よく尺八の音を指す。それは竹の切り口に当たって鳴る風の音。風が鳴るのか竹が鳴るのか、という問答もあるほどに、理屈を越えた力を持つこともある。
 オランダの若手フルーティスト、ウィル・オッフェルマンズのフルートは、まさしく竹の切り口に当たる風の音であった。もちろん彼のフルートは金属製である。長年ヨーロッパ風のフルート演奏論に親しんできた私にとって、笛の原点をあらためて示されたようなショックであった。
 楽器や音色の話しは別の機会にできればいい。
 1997年のある秋の日、何度かの電子メールのやりとりのあと、彼は軽トラックを運転して平戸島にやってきた。コンサートツアーの終了後、陶芸を楽しんでいる佐賀県山内町から、奥様で薩摩琵琶奏者の上田純子さんと一緒に、母国オランダとなにやら特別な関係にあるらしいヒラドを見てみたい、ということであった。まず平戸城に案内した。
 亀岡神社の大盤貝に驚き、ヨーロッパにはいないらしいタヌキの写真をチラと見た後、天守閣へ。甲胄に沿えられた軍扇に、こいつを着た状態でどこを扇ぐのか。遣唐使船の帆は、竹か?と質問攻め。陶芸を好むウィルは見奏櫓の展示で陶器から磁器への変遷に興味を示す。ここには平戸オランダ商館当時の発掘資料も展示してある。平戸城での最後の質問は、あちこちにある3つの丸は意味があるのか、だった。なんでも、彼の本拠とするアムステルダムのマークはXを3つ重ねたものであるらしい。
 平戸には1609年から1641年までの間、オランダ東インド会社の商館が設置されていて、オランダと平戸のきわめて友好的な時代があり、出島へ移転する直前には巨大なヨーロッパ風石造り倉庫が存在した。それほどに(出島をしのぐ)大規模な貿易が半ば独占的に平戸で行われていたことは、残念ながらあまり知られていない。外国人たちの行動を制限し監視するためであった出島にくらべて、平戸では彼等はきわめて自由に行動することが出来た。平戸オランダ商館跡に残された当時のままの石段に座ったウィルは「彼等もこれと同じ波の音を聞いたに違いない。」と、じっと聞き入っていた。
 辻を折れる度に風景が変化するのを楽しみながら松浦史料博物館へ案内する。
 漢字さえいくらか読めるウィルも、古いオランダ語で書かれた聖書は「ヨメマセン」と苦笑する。グリーンピースのメンバーは捕鯨資料の展示には驚きを隠さない。眺望亭に展示されたオランダの伝統的な絵柄の食器では、母親に厳しく躾られたことを思い出したらしい。
 オランダ井戸の桁石、閑雲亭の石燈籠、石橋、石垣、そして最後は商館倉庫の壁に使われていたであろう石を並べた石段・・・。
石しか残っていない、しかし、殆ど当時のまま残っている石。
「今日は石を沢山見ました。」と笑いながらウィルは軽トラックで帰って行った。

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・・・・"HONAMI"(穂波)/作曲:Wil Offermansを聴きながら・・・・

生月自然の会会報「えんぶ」29号(98年3月発行)に掲載予定
Wil & Junkoお二人のご同意に感謝申し上げます。

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